牛飼いの結婚



vol.00408 「思い」は新鮮なフルーツのように鮮度がある

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実家にて、子猫ヤスミン❤︎と歩き回る息子と

先月末に
実家の母が骨折をして
4月頭から付き添いのために
岩手に来ています

母はもう大丈夫ですが
父とベルギーの家族と
ネパール旅行を控えていた
矢先の事故でしたから
旅行に行けなくなり
本人は相当残念だったようです

私の方は 歩きだし
自我も目覚め始めてきた
息子と一緒に移動するのは
目が回る忙しさです

少し前まで
会う人会う人から
「今が一番かわいい時期だね」
と言われていましたが
その意味が今わかりました(笑)

息子の可愛さは
これまでと同じく変わりませんが
イヤイヤが増えて
駄々をこねたら
一つ一つ対応するのに
こちらもイラッとしたりと
子育ての大変さが身にしみています

屈託のない笑顔に
癒されますし
ヨチヨチ歩きは微笑ましいのですが
あまりよく眠れなかった朝に
本当に叩かれて起こされると
息子を小悪魔だと思ってしまいます

でもこうやって自分も
育ってきたんだと思うと
親の苦労がわかりますね(笑)

子ども心に
親からキツイ言い方をされたことや
厳しく叱られたことも
自分が親になって
あぁこれは怒られて仕方ないわ
とよくわかります(笑)

さて そうやって
私の思い通りにならず
私の習慣はことごとく
壊してくれる息子ですが
お陰でやっと大切なことに
気が付くことが出来ました

この思いって
結局なんだったんだろうと…

そうしてはじめて
自分の中にある思い
疑うことが出来るようになって
今の私は日々
心が解放されてきています

思いには鮮度があり
時間が経ったこの思い
今も私に必要かは疑うのも大切
実は古い思いは
自分を縛り付けていたのだって
ようやく気づき始めたのです

良い意味で
自分の習慣やものの見方を
疑えるようになると
自然と世の中の常識や流れにも
もっと心を開き
真っ直ぐに見られるようになりました

それから不思議ですが
以前よりずっと自分を
信じられるようになっています

自分の思い
本来の自分自身とは
実は別のものだったのですね
私は思いが自分自身だと
すっかり信じていたのです

その中で
自分の思い
あまり頼りにしないように
することに決めました

思いを頼りにすると
思いとは違う現実が来ると
その現実の方を否定するようになります
でも これこそが本当は
自分への否定なのですよね

人生は一瞬一瞬が
新鮮なフルーツのような体験の連続なのに
過去の体験から作られた思い
いつの間にか縛られてしまいます

「思い」は 最初のうちは
新鮮で瑞々しいものですが
時間が経つとこだわりとなり
「重く」なりますよね

ですから
新鮮なフルーツのように
思いも鮮度を大切にすると
良いのでしょうね

子どもは毎日が
新鮮なフルーツみたいです
いつも一番美味しい時を
味わっているみたいに生きています

私もそうしよう♬
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# by Prema_milk | 2017-04-14 10:03 | Comments(0)

vol.00407 「不屈の精神」大相撲春場所より本当に素晴らしいものを見せていただきました

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北海道も春になり
息子もこの季節にちょうど
歩けるようになって
行動範囲が広がっています

起きている時間も増えたので
つまりブログが書けない(笑)

でもとにかく楽しい子です

昨日は大相撲春場所
横綱稀勢の里の優勝を
オンタイムで観せていただきました

先場所から横綱に昇進が決まり
今場所は負けなしでしたが
まさかまさかの日馬富士との対決で
肩の大けが
もう優勝は無理だと
誰もが諦めているようでした

その中で最終日に
照ノ富士を二回も負かして優勝!!
もうこの奇跡に
日本中が驚きと感動を
得ていたのではないでしょうか

今日もヤフーニュースも
稀勢の里関一色です

私も嫁いでから夕方に
テレビを観れる環境にあり
相撲が面白くなって
毎回息子がびっくりするくらい
キャーキャー言いながら
応援しています

こんな短い期間で
相撲ファンになった私ですが
稀勢の里の相撲を見ながら
様々な思いが湧いていました

これまでメディアや解説者の
説明を聞きながら
この技はこうなんだ
今のはそういうことなんだ
と勉強していましたから
稀勢の里は気が弱いとか肝心な所で勝てない
なんて散々聞いていましたので
そのような先入観で彼をみていたと思います

ですが先場所の横綱昇進が決まって
メディアは一変して
「努力の横綱稀勢の里」という流れに(笑)

その中で私もどれだけ彼が
地道に努力をしてきたのかが
次第にわかってくると
これがまた深い尊敬に変わりました

何よりもやはりすごいなぁと思うのは
ご両親の彼を静かに見守り信じ続ける力と
彼の人間性でしょうね

あのようなケガの中で
ひたすら自分を信じて闘い続ける
これはやりたくても出来ない
この忍耐力と継続の先に
築かれた自信なのでしょうね

破れた照ノ富士でしたが
破れて本当に良かった

残り三日目にどうしても
勝ちたかったのでしょう
大関へ復帰のかかっていた琴奨菊と
対戦でズルい勝ち方をして
観客も相撲関係者からも総ブーイングでした

ただ私が照ノ富士が負けて
良かったと感じたのは
彼も本当に努力しケガをして
これまで稽古に励んでいたはず
その彼がこのようなやり方で優勝しても
誰も彼を祝福できないでしょう
彼だって今日まで
稽古に稽古に稽古を重ねてきた
自分を裏切ることになった
そんなんじゃあまりにも虚しい
そんな優勝なら一生
人から軽蔑される力士に
なってしまったでしょうから
本当に負けて良かった

そして稀勢の里の優勝で
彼の未熟さは揉み消され
彼に一からやり直すチャンスが
また与えらたのだと思います
本当に次はまた頑張って欲しいですね

けれど稀勢の里の優勝が
ここまで感動のストーリーになったのは
この照ノ富士が相手だったことが大きいですね
だから照ノ富士も立派です

稀勢の里が日馬富士との対戦で
ケガをしたのも完璧な
シナリオだなぁと思いました
横綱である日馬富士だから
このことを同じ立場で
受け止めることができたのだと思います
ほかの力士なら
会場やメディアの報道に
心が折れる可能性もありました

結局このケガがドラマを生み
憎まれ役の照ノ富士が居て
稀勢の里がどれほどの
精神力の持ち主かが証明された
歴史的な瞬間になりました

不屈の精神は
目的を達成するには
最も重要なもの

今回自分を信じることが
どういうことなのかを
本当に学びました
そのためにはやはり継続の力がありますね

なんども名前を挙げて
申し訳ないのですが
照ノ富士は自分を信じられなかった
だからズルをして
勝とうとされたのじゃないかな

私の話ですが
小学生のある年学校で
クリスマスのパーティを開くことになりました
それで皆でプレゼントを一つ持ち寄り
交換をすることになったのです

その時私は何を持っていけばいいか分からず
一人で困ったなぁと考えていて
ようやく前日の夜に母に話したのです

母は慌てて それならと
たくさん折り紙を折って
「これを持って行ったらいいよ」と言って
色々な形に折った折り紙を渡されました

私はこれで誰が喜ぶんだろう…と思いながら
折角母が作ってくれたので
翌日渋々それを持って学校に行きました

そしてプレゼント交換の時間になり
みんなで輪になって音楽が流れて
それぞれの子が持ってきた
プレゼントを回したのです
音楽が止まったら
その時自分のところに回ってきた
プレゼントが自分に当たるという流れ

そこにはひときわ素敵な箱がありました
それはお母さんもマメで
何でも上手に作る女の子が
持ってきたものでした

私はきっとそれはとっても素敵な物だろう
と思い何が何でもその箱が
自分に当たるように願いました
それで何回か自分の手の中に
その箱が流れてくるのですが
音楽がまだ流れているので
隣の子に回さなくてはなりません

そうこうして3回目くらい
私はこのままでは自分の物にならないって思い
その箱欲しさに自分のところで
止めてしまったのです

音楽が止まるまでは
プレゼントは隣に回さなくてはならないから
みんなあれ?おかしいなってなって
私がその一番素敵な箱を
(多分クラス中そのプレゼントを欲しかったのです)
抱えてプレゼントを止めたものだから
それに気づいた
クラスの中心的な女の子たちに
ものすごく批判されてしまいました

私も恥ずかしくなり
女の子たちから言われて怖かったし
それでまたプレゼントを回すのですが
そこで音楽が止まりました

結局何を自分はもらったかは
覚えていないけど
その一番素敵なプレゼントは
別の子に当たり
私の折り紙がたくさん入った箱は
なんと先ほど私を批判した
そのクラスの中心的な女の子のリーダーに
当たりました
もうバツが悪いったらない
その子が箱を開けると
「ちょっとこれ何なの?」と
ゴミでも渡されたような顔をされてしまいました

自分でも折り紙じゃあ仕方ないよね
と思いながらも
私は当時まだまだ日本の感覚が
よく分からない頃でしたし
母も少し変わっていたので(笑)
こういう時に気の利いた物が
親にも分からない
こんなイベントは本当に
私には憂鬱だったのを覚えています

それで私は穴があったら入りたい
心境だったのですが
その後よく数えたら
音楽は私がズルをしなければ
その一番素敵なプレゼントが
私のところに当たって終わっていた
ということを知りました

これは大きな学びになり
幼心に深く焼きついています
ズルをすると結局失ってしまう
どんなに欲しくても
誠実で在らなければならないと

だからでしょうね
照ノ富士の相撲を観た時に
思わず神様にお祈りしました
これでは彼にとってダメです
彼のためにも彼が優勝してはいけないと
このような勝利ではいけないと

この時に稀勢の里関が勝てるとは
思えませんでしたが
誰であれ優勝は心から祝福したいものです

照ノ富士には本当に
心から晴れやかに
いつか必ず優勝していただきたい
それだけ彼の良心が
それを許す相撲を取ってほしいものです

人間の努力や苦労というのは
自分自身の誠実さを証明するために
あるのだと私は思っています
そしてそれを人は見ている
自分もそれを自分に見ている

だからきっと誠実な者をみると
人は心を打たれるのでしょうね

最後に
優勝した稀勢の里関のインタビューで
「今何がしたいですか?」との質問に
彼は「稽古でしょうかね」と答えました

すごいですね(笑)
稀勢の里らしい答えでした

稀勢の里も
「見えない力がはたらいていた」
と言われましたが
人間は必ず誠実に生き努力するなら
どのような状態でも
神に祝福されるのだと
証明されたと思いました

私があえてここに
どんな言葉を並べても
あの感動は表現できませんが
本当に素晴らしいものを見せていただきました
ありがとうございます


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# by Prema_milk | 2017-03-27 10:30 | Comments(0)

vol.00406 牛乳とベジタリアンのお話

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私はベジタリアンなのですよ
それなので結婚前は
牛乳も飲みませんでした

市販の牛乳は
喉に膜が張るし生臭いし
でもアイスクリームと
チョコレートは好きでした

赤ちゃんの頃は
牛乳より豆乳で育ったのですが
それ以降は牛乳も普通に飲みました

私がベジタリアンになったのは
四つ足動物は
殺される時にとても恐怖を感じるため
お肉にそのエネルギーが残ると
そのお肉を食べるということは
恐怖を食べているのと同じだと知り
とりあえずお肉はやめました
それから続いて
お魚は匂いがキツイのでやめました
(ちなみにお魚は
海水の保護によって痛みが和らぐため
四つ足動物のような痛みは伴わないと聞きました
ただそれでも今朝まで自由に
海や川を泳いでいた動物を
捕まえて食べるのには抵抗が私にはあります)

私のこれらの考えは
インドの聖者の教えに従っています
その中で神の使いとされ
インドではシヴァ神の使いとして
崇められている牛から
作られる牛乳は
牛を傷つけずにいただけるので
良いものとされています

さらに自らの血液を乳に変えて
生命に与える雌牛の性質から
牛乳はサットヴァ=浄性の生き物とされており
健康で幸せな牛から出される牛乳を
毎日少しだけ飲むことは
人間の性質を穏やかにし
浄化すると言われています

ただこれも生乳(加熱殺菌されない)
ものが好ましい
牛乳には牛乳を消化する酵素が
最初から入っているので
加熱することでこの菌が死んでしまいます
そのために牛乳を消化できなくなる
と言われています

さらに付け加えますと
牛が何を食べているかも大事です
牛は本来草だけを食べる生き物ですから
ここに乳量を増やそうと
穀物飼料を与えているのですが
牛はこれを上手く消化できません
穀物飼料は牛は大好きなのですが
過剰に与えると身体を壊します
そして草も新鮮な生の草を食べている牛も
今では少なくて
自分の身体に必要な条件を
満たせている牛の牛乳なのかも
健康な牛乳には大切な要素です

ただし それ以前に私たちが
その食物を必要とし
動物性であれ植物性であれ
いただくのであるなら
何よりも大切なことは
生命への感謝です

結局植物性の食物にもいのちがあり
生命を捧げているのですから
私はあまりベジタリアンが良いとか
肉食は悪いとかの話題は
今のところ触れずらいです

私自身牛飼いになり様々な
立場で仕事をされている方が
あることを知りました
また牛乳づくりは牛肉の販売によっても
支えられているため
私はまだまだこの矛盾に
自分がどうすれば一番良いのかを
見いだせていません

何れにしても
生命が幸せかどうかに焦点を絞り
純粋な目的により純粋なものをつくる
少なくとも我が家の牛乳は
ここを目指そうとして
日々努力をしています


さてお肉とお魚をやめるとなってから
それなら動物性のものは
すべてやめるのが正しいと考えて
一時は私も乳製品もやめました

お肉やお魚は
元々それほど好きではなかったので
やめるのは苦ではなかったのですが
生クリームやミルクの入った甘いもの
特にチョコレートはなかなか
やめられませんでした

なんと言っても
幼い頃の将来の夢は
アイスクリーム屋さんでしたからね

リカちゃん人形の「31アイスクリーム」
のおもちゃを持っていたくらいです
でもお店はやるけど
自分で食べるためと考えていました(笑)

意図せず
私は牛屋さんになりました
両親は明日香の夢が叶っちゃったね
と笑っていましたが
チョコレートとアイスクリーム
は作れるでしょうか?

残念ながら
アイスクリームを作るための原料は
生クリームです
チョコレートもそう

そうなると
生乳に向くホルスタイン以外に
ミルクが濃厚なジャージー牛を
飼わなければなりません
白黒の牛がホルスタイン
ジャージーは茶色い小柄な牛

別にすべてをジャージーにしなくても
ホルスタインのミルクもあって
ちょうど良いのですが
今まで我が家は生乳(いわゆる牛乳)を
農協に卸してきましたので
これからジャージーを加えるとなると
方向性が変わってきます

自分でチョコレートやアイスクリームを
開発して販売するには
またお金もかかりますから
安易にやりたいってまだ言えません

ですが
チョコレートを買うたびに
チョコレートをいただくたびに
チョコレートを見るたびに
うち牛乳屋だよなぁと思うわけです

アイスクリームを自分たちで
販売している農家さんも
いくつかありますが
やっぱり片手間ではいかない

だけど私はベルギー人でもありますから
チョコレートを作りたいですね

大衆に受けるものを作ると考えると
何が良くて悪いかが
分からなくなりますが
もし友人の一人の顔を思い浮かべて
この人にあげたら喜んでくれるだろうな
と思えるなら
それってきっと間違っていませんよね

私の敬愛するインドの聖者は
お砂糖をやめるようにとも
教えておられますから
この点でも私は葛藤するわけですが…(笑)

甘酒チョコレートに走りましょうか(笑)
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# by Prema_milk | 2017-03-16 12:34 | Comments(0)

vol.00405 感謝と愛と素直と喜びと幸せ これはすべて同じこと

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先週の日曜日函館にて。雪が散らついていました

素直になりたい
素直でいたい
透明な心でありたい

神様にお祈りするのは
捻くれた私の心を
真っ直ぐにして下さいと
この頃はずっと願っています

今のNHKの朝ドラの
最初の頃の放送話で
登場する靴屋さんのセリフがあります

貧しい女中の娘がお金持ちの娘に
一緒に仕事をしようと誘われ
「私なんかが一緒で迷惑じゃないの…」
と葛藤していたところ
靴屋の亭主が
「お嬢さん 物事は真っ直ぐに見るものですよ」
と優しく伝えます

このセリフがとても好きになりました
それからドラマは観ていませんが
(テレビが故障したので)
ありのまま
ありのまま
素直に…純粋に…という言葉は
頻繁に私の心に響いています

純粋な者というのは
愛に満たされた者なのですって
愛に満たされると
余計なものが必要なくなり
愛となり透明な心のままにある状態になる

毎日 どうしてあの時
素直に「はい」って言わなかったの
どうして今ただ「ありがとう」って言わずに
余計なことを言ったかな
あの時 感じたのにまた無視して我を通した
素直にやめない、言いわけばっかり
意地悪な考え、意地悪な言葉
得するのはどっち?って考え…
どうしてあれこれ付け加えて
もっともっとってなっちゃうの…

そのまま素直に
まっすぐに
そのまま素直に
ものを見ると
それは
それ以上でも
それ以下でもなくなて
あるまま
ありのままになるのですよね

ただそこにあって
それだけで完全

だけど蛇足という言葉があるように
味付けも
人間関係も
会話も
自分のことも
何でも付け足そうとしてしまう

このもっともっと病は
私の一つの病気です
これを私はもうやめなくっちゃ

海を見て素直に感動する
友人に会えたことが素直に嬉しい
お料理できる喜び
ふかふかのお布団で息子と眠れる幸せ
朝お日様が照ることの有り難さ
主人が居てくれることの幸せ

感謝と愛と素直と喜びと幸せ
これ すべて同じことなのですね

まっ透明な風のように
まっ透明な水のように
あぁそんな透明な人になりたい
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# by Prema_milk | 2017-03-15 17:59 | Comments(0)

vol.00404 自分の中のいちばんの愛を生きたか

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いまの自分以上に
自分のことをよく見せようって
いつからするように
なっちゃったのかなと考えていました

最も純粋な心でものが書きたいし
ありのままの自分で生きたいと
そう思うのですが
何処かで装う自分が抜けません

だけどそれも
私なりに自分を守ってきたものなのかな
それさえも愛せたら幸せですね

言葉を書くとき
毎回全身に尋ねながら
選んで自分の反応をみています

心地よければ続けるし
違うなぁと思ったらやめる
でももっともっと
透明で愛だけが表せられたら
どんなにいいかな

私はずっと形にこだわってきたのだなぁと
先日のハイジの死をきっかけに
気づきました

牛たちの幸せを願うあまり
牛たちの生に執着し過ぎた
まるで私はずっとずっと
この人生を生き続けるみたいな立場で
彼女たちのいのちを見ていたのかもしれません

私もゴールまでの今は途中であり
すべての生命にとって
人生は途中の体験の中

そのいまの人生がより
素晴らしいものであるように
そのためのお手伝いをするのが
私の役割でした

ハイジは立派に
人生を生き そして果たしたのだと
その素晴らしい生き様に
今は心から尊敬の思いで
彼女にありがとうが言えます

これから私は
牛たちとの関係を変えていけそうです
生に執着するのではなく
いかに成長して生きるか
互いに
最も善い自分を引き出して
人生を生きること…

家畜動物というのは
それも彼らの選択です
私もこの人生を選んだように
彼女たちもこの人生を選んで生まれた
だから私が彼女たちの境遇を
悲しんだりするのは違うのだと
今回教わりました

それを決めることも
導くことも神様の役割

私は私に出来る
最高のことを
私も私の人生をかけて
専念するのみだと
気付かされました

牧場の未来も
私は形にこだわり過ぎていました
形ではなく
愛を深め高めるだけ
むしろ愛だけになればいい

自分に正直に
これは誰にも見えないものですから…
私は今日
自分の中のいちばんの愛を生きたか
これがこれからの私のすべてです

あるままのいまのすべてが
私のすべてなのだと思います

それ以上に出すとか
それ以上だから良いとか
なにかいつもそのように考えて
生きてきました

今はこの北海道の大地に生き
自然のありのままの姿に
すべてのすべては
溢れるほど溢れていることや
毎日毎日
心からの笑顔で
幸せそのままの息子を見ながら
自分の心が洗われ広がっています

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# by Prema_milk | 2017-03-14 20:10 | Comments(0)


出会った彼は牛飼い。2014年からはじまった北海道での牧場生活の日々をつづります。動物とわたしと家族の物語♡